大学文系新入生向け読書のススメ(その5)

前回からだいぶ時間があいたものの、最後に、授業以外を本を読んで読書力を高める方法について書いてみたいと思います。

新書本の選び方〜新書シリーズの位置付けを知る〜

このテーマについて書き始めた3回目で「とりあえずの目標ですが、授業とは無関係に、岩波新書又は中公新書クラスの本を毎週1冊は読破するペースになることを目指す」と書きました。書店に行けばわかる話ですが、新書のシリーズというのは現在さまざまなものが出ています。その中で、最も歴史があるのが岩波書店が出す岩波新書であり、次に古いのが中央公論社が出す中公新書です。この2つのシリーズは歴史があるだけに、著名な学者の手による優れたタイトルが沢山収録されていますし、レベルも各社が出版する新書のシリーズの中では最高峰に位置します。岩波、中公の次くらいに来るのが、講談社現代新書になるでしょうか。最終的には、この辺りの本をスラスラ読めるようになるのが目標です。

読書慣れしている人は、最初からこのシリーズにチャレンジしても良いのですが、高校時代には教科書くらいしかまともに読んだことがないという人には、やや敷居が高いでしょう。もう少し読み易いシリーズで言えば、ちくま新書PHP新書集英社新書などがあります。さらに読み易いと言えば、岩波ジュニア文庫、ちくまプリマー新書があります。ほかにも新書を出している出版社はあるものの、内容や著者などを考えると大学生の読書力を鍛えるとなるとこの辺りのラインナップかなと思います。また、分野別で言えば、岩波、中公レベルと同程度なシリーズとして、ビジネス方面に特化したプチ教科書風の日経新書、理系方面に特化した講談社ブルーバックス、フランスの新書シリーズの翻訳である白水社クセジュなどがあります。

なお、新書では物足りないという人いるかと思うので、次のレベルで言えば、古典などが豊富に収録された文庫や、より専門的に内容を掘り下げた選書などに手を出してみるというのもあります。古典系では、訳の古さはあるものの古今東西の各分野の書籍が安価で読める岩波文庫岩波文庫より値段が上がるものの中公文庫や中公クラシックもあります。また、岩波文庫のような各分野の古典作品から、より新しい著名な専門書を文庫化したようなものまでを扱う(ただし学生には値段が高い)、岩波現代文庫講談社学術文庫ちくま学芸文庫などもあります。専門家書き下ろし系が充実した選書では、講談社メチエ、中公選書があります。古典はどうも苦手だという人は、角川文庫のビギナーズクラッシックなんかを読んでも良いでしょうし、訳文が分かり易いのがよいという人は光文社古典新訳文庫が良いかもしれません。これらの中から、自分のレベルに合わせつつ気になるタイトルを読んでみると良いでしょう。

新書本の品定めの仕方

読書慣れしていない人が、いきなりレベルの高い本にチャレンジするのは難しいので、少しづつレベルを上げていく方法を書きます。

まず、何よりも自分が読んでみたい、興味のある、面白そうな内容の本を選ぶことです。

手順としては、最初にタイトルを見た上で、気に入ったものがあったら、本の後ろの方のページに出版年や著者の経歴などが書いてある奥付きと呼ばれるページをみましょう。著者ですが、読書に慣れないうちは、有名な大学の先生でかつ実務家系教員ではない方の本をおすすめします。奥付きには、著者の執筆した本のタイトルなども書いてありますので、その分野について専門書や専門論文を発表しているような先生の本を選びましょう。大衆向けの本ばかりが上がっているような著者は、読書に慣れるまでは避けた方が良いです。出版年は、古くても新しくても好きならなんでも良いですが、古い本でも、何刷りもされていたり、何度も改訂がされている本は、それだけ長い間支持されてきたスタンダードナンバーである可能性が高いです。

そして、次に見るのが冒頭の部分です。著者のその本のテーマに対する問題意識、執筆の動機、場合によっては師弟関係などもわかります。更に目次を見て本全体で何を書いているのか大枠を押さえましょう。最後に、一番後ろの後書きや解説を読みます。そのあたりで、なんとなく本の雰囲気は分かりますので、面白そうなら買って読んでみるというのが良いでしょう。

なお、以前にも触れましたが、市販の書籍は文部科学省検定の学校教科書のように選りすぐられた名文ばかりではありません。著者の文体や読者に対する語りの態度、要求される前提知識の差などで、読みやすい本や読みにくい本、自分に合う本と合わない本というのがあります。高明な著者が書いた含蓄がある奥深い本を何度も挫折しながら読むというのは、それはそれで立派な読者体験ですが、最初からそんなことをやっていたら、読書力がつく前に挫折して読書が嫌いになってしまいますので、最初のうちは、実際に読んでみてどうも読みづらいと思ったら、無理せずに別の本に進む方が良いと思います。

ただし、読み易い本ばかり読んでいては読書力が上がらないのは事実ですので、読みにくかった本にもいつかはチャレンジしてみることをおすすめします。

本を読み慣れてきた時の次のトレーニン

最初は興味のある本を色々と読み漁る方が良いと思いますが、次のステップとして、同じテーマで別の著者・別の見解(極端な話で言えば反対の立場)で書かれている本を読んだり、同じ著者で別の時期に書かれた本を読んで主張の変化を読み取ったりすると勉強になります。また、多読だけでなく、少し難易度の高い本をじっくり精読するのも良いでしょう。古典的著作で、比較的読みやすく、薄いものがおすすめです。

そして、一度読んだら終わりにするのではなく、しばらく時間を置いてまた読み直してみてください。良い本になればなるほど見方が変わったり、新たな知見が得られたりするのではないかと思います。新たな何かが感じられるのは、読書力や読書体験が上がったことのあらわれです。

最終的には、岩波新書中公新書を週に1冊安定的に読めるようになるのが一つの目標です。このレベルになると中身の薄い新書シリーズなら1日で読破できるようになると思います。(ちなみに、私の場合は、活字に飢えていて本をスラスラ読める時期とそうでない時期で結構スピードに差が出ます。)

もちろん、大学高年次で学術論文的な専門書にチャレンジするような局面になると、更に上のレベルがいるとは思いますが、それはゼミや研究室での輪読などで鍛えてもらえるでしょうから、教員や先輩から徒弟的に教わるのが良いように思います。

レビューの見方

本を選ぶ際に、他の人が読んだ感想を参考にされる場合も多いと思います。以前は、本の評判といえば、新聞や専門誌で書評を読むしかありませんでしたが、最近は、Amazonなどで一般の方が書いたレビューが簡単に見られるようになりました。

正直なところ、Amazonのレビューなどは、素人目に見ても読み込みが浅かったり、背景・専門知識が薄い人が書いていると思われるような質の悪いものも目立ちます。あくまで参考程度で見るのが良いです。

また、専門家が書いたブックリストのようなものも市販されたりしていますが、「それ玄人向けじゃないの?」とか、「新入生向けでそんな難しい本いきなり読める人どれだけいるの」と言った本が挙げられていることも少なくありません。

レビューやリストというのは、あくまで参考程度と見るのが良いのではないかと思います。

 

以上、推敲も不十分な文章を長々と書いてきましたが、コロナ禍で勉強に苦労されている学生さんが、自宅でも簡単にできるトレーニングとして何がしかのお役に立てればと願いながら、この連載を終えたいと思います。